東京高等裁判所 昭和58年(う)555号 判決
被告人 熊谷長治
〔抄 録〕
ところで、所論に対する判断に先立ち職権をもって原判決の事実認定の当否について調査すると、原判決は、(罪となるべき事実)として、「被告人は法定の除外事由がないのに、昭和五七年一一月一一日ころ、神奈川県海老名市杉久保八七二番地の被告人方において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤約〇・〇四グラムの水溶液を自己の右腕に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。」という事実を認定しているところ、原判決の挙示する司法警察員作成の捜査報告書、鑑定嘱託書(謄本)及び警視庁科学捜査研究所主事作成の鑑定書によれば、被告人が同年一二月八日午後二時半ころ、警視庁小岩警察署において警察官に対し尿約一一〇CCを任意提出し、同署から鑑定嘱託を受けた警視庁科学捜査研究所において検査をした結果、右尿中から覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンが検出されたことが認められ、右事実からすれば、右採尿時から遡って、人が覚せい剤を使用した場合その成分が体内に残留して尿から排出されることが可能な期間内に被告人が少なくとも一回は覚せい剤を自己使用したことは明らかである。しかし、原判決の認定する前記使用日時は、被告人の原審公判廷における供述及び検察官に対する供述調書に依拠していると見られるところ、右供述による使用の時期は前記採尿時から遡ること二七日間という長期を隔てているのに、通常の場合覚せい剤使用者の体内にこのように長期にわたり覚せい剤の成分が残留している可能性、または、被告人の場合に特別な事情から右のように残留する可能性があったことについては、本件各証拠上なんらこれを認めるに足りるものは存在しない。
かえって、当審における証人安藤皓章の供述によれば、警視庁科学捜査研究所の覚せい剤鑑定専門家である同人が、警視庁管内で検挙された覚せい剤使用事犯の被疑者等につき、身柄拘束後毎日継続的に尿を提出させて検査し、いつごろまで覚せい剤が検出されるかを調査した結果によると、覚せい剤中毒者と見られる或る被疑者の場合は拘束後二四日まで、拘束前約一か月間にほぼ毎日約〇・〇四グラムを注射していたという別の被疑者の場合は拘束後二〇日までその尿から覚せい剤の成分が検出されたが、他の被疑者の場合は拘束後約一〇日ないし二週間が限度であったことが認められ、一方被告人の検察官に対する供述調書によると、被告人は月に二、三回、一回に約〇・〇四グラムを注射する程度であり、本件使用時も同様であったというのであり、それ以上の使用頻度や使用量であったことを認めるべき証拠はないから、前記安藤証人の供述により認められる調査結果と対比し、被告人の体内に覚せい剤の成分の残留可能の期間は、長くても約二週間程度であったと認めるほかはない。そうすると、被告人が昭和五七年一二月八日提出の尿から顕出された覚せい剤を使用したのは、同年一一月二五日ころから同年一二月八日までの間であると認めるのが相当である(なお、被告人は当審の被告人質問において、本件覚せい剤の使用は実際は一一月八日であったと供述し、その根拠として採尿時においてその約一か月前に使用したという記憶があったことをあげるのであるが、一一月一一日にせよ、八日であるにせよ、右安藤証人の供述により認められる結果と対比し、右使用日時の点の供述はこれを信用することができないうえ、被告人は右記憶の正確性についても絶対に正しいというのではなく、より短い期間と思いちがいしているかも知れないとも供述しているのであって、前記のように長くても二週間程度という客観的に可能な期間を全く否定する趣旨ではないと認められる。)。
そうだとすると、被告人が前記採尿時期から二七日間も前である原判示日時ころ、原判示のように覚せい剤を使用したとする原判決の認定は、経験則に反するものであって是認し難いことは明らかである。
(海老原 和田 杉山)